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石橋財団コレクション

パブロ・ピカソ

マラガ(スペイン)、1881−ムージャン(フランス)、1973

14歳のとき、一家でバルセロナに移ります。この頃からすでに異常な画才を示します。初めてパリに出るのは1900年。「青の時代」と「サーカスの時代」を経て、07年に《アヴィニヨンの娘たち》を制作中にセザンヌの作品とその絵画理論にふれ、ブラックと共にキュビスムの探究を始めます。第一次大戦中に写実的な肖像画を描き、20年にモニュメンタルな古典的裸婦像を制作して「新古典主義時代」が始まります。25年頃からはシュルレアリスムの影響を受けますが、夢や無意識界の素材を写実的に再現するシュルレアリスムの絵画観にはなじめませんでした。36年にスペイン内乱が勃発。翌37年にスペインのフランコとファシズムの暴挙に抗議して《ゲルニカ》を制作しました。第二次大戦中はパリに留まり、戦後に南フランスのアンティーブやヴァロリスに居を構え、さらにカンヌに移ります。死ぬまでつねに新しい展開を示し、20世紀美術の代表者の位置を保ち続けました。
パブロ・ピカソ《腕を組んですわるサルタンバンク》1923年 油彩・カンヴァス
パブロ・ピカソ
《腕を組んですわるサルタンバンク》
1923年 油彩・カンヴァス
© 2017 - Succession Pablo Picasso-SPDA(JAPAN)

ピカソの「新古典主義の時代」を代表する作品のひとつです。サルタンバンクは最下層の芸人のこと。定住して演技場に出ることはなく、縁日などを渡り歩き、即興の芸を見せます。曲芸などを専門とする職業的芸人の失敗者という意味もあります。サルタンバンクを描いたこの作品は、社会の周辺にいる人たちへのピカソの共感から生み出されたというよりも、むしろ芸術家自身の肖像かもしれません。ギリシア彫刻のような顔立ちは、そのことを暗示しています。画面の左側に人の顔のような線が見えます。さらに、科学的な調査によると、サルタンバンクに寄り添うように女性の姿が描かれていたようです。この作品の旧蔵者のひとりはピアニストのホロヴィッツです。
ポスト印象派から20世紀美術