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石橋財団コレクション

雪舟

1420(応永27) — 1506(永正3)?

室町時代の画僧。備中(現在の岡山県)の生まれで、一説に赤浜(現在の総社市)の藤氏または小田氏の出といわれます。また、幼いときに涙でネズミ…の逸話が伝わる宝福寺に入ったと。少年期に都に上り、京都五山の東福寺から、相国寺に入り春林周藤の弟子となって知客(接客係)をつとめながら、画事を周文に学びます。1454年頃、周防の大内氏の庇護を受け、山口に下ります。遣明船に乗って明国へ渡ったのは1467年、記録係をつとめる中、本場中国の絵画や絵かきたち、そして自然に、直に触れる機会を得ます。1469年に帰国し、しばらく豊前豊後に滞在、大分では天開図画楼【てんかいとがろう】というアトリエをもうけます。応仁の乱が終わった1479年までには山口に入り、石見や美濃、駿河など日本各地に足を伸ばし、再び山口に戻ったのは1486年頃。没した年も場所も諸説で、1502年または1506年、益田または芳井、山口とされます。
雪舟《四季山水図(春幅)》室町時代 15世紀 絹本墨画淡彩
雪舟
《 四季山水図(春幅)》
室町時代(15世紀) 絹本墨画淡彩
重要文化財

中央にそびえる主山から視線を移すと、春には梅を、夏に滝、秋に紅葉樹、冬は雪山、そして、それぞれに高士の姿を見出します。細部を見て、また全体を見ると、さまざまな色がほどこされているのに気づき、この四幅対の絵が内容的にも色彩的にも豊かな山水図であることがわかります。雪舟は山水図を多くえがいていますが、そこには自然と人との関わりが内包されており、理想郷的空間が築かれています。この絵を制作するにあたって、雪舟が手本としたと思われる作品が近年報告されました。中国明時代の《四季山水図》(九州国立博物館)と、伝閻次于(えんじう)の《鏡湖帰棹図冊》(台北・故宮博物院)です。絵の制作背景を見直す上で、貴重な機会となりました。
東洋の美術