私とブリヂストン美術館

美術館の休館に際し、多くのメッセージをお寄せいただきました。(順不同)

NOMIYAMA Gyoji
洋画家
ピエール・ボナール
ヴェルノン付近の風景

美術作品の鑑賞といった行儀作法を離れて自分の部屋に飾る、といった前提で、この作品を撰びました。空が主役。その開放感が、日常の疲れを癒してくれるはず。励ましてくれるはず。
ブリヂストン美術館はその延長線上にあるものと思います。だから都心に在って唯一心をなごませ、歓びを與え、知らずに勇気を授けてくれる。その貴重な役割を担っております。


KIDO Maako
洋画家
クロード・モネ
睡蓮の池

ブリヂストン美術館へは中学生の頃から何度となく立ち寄ってきた思い出の多い美術館です。館内に1歩足を踏み入れればそこは別世界。今も昔も静けさの中でこころおきなく思索の旅を満喫することが許されたトクべツな場所です。作品に対峙すると、その色の重なりや筆触から作家の息づかいが甦ります。甦るどころか、いつしかその作家の目線が自分に憑依してしまい、美術館を出てからも風景をセザンヌやモネの絵のように置き換えて眺めるという密やかな楽しみに耽っています。特にモネのこの作品に対峙してからはずっと水に映った風景と現実の景色の境目があいまいなままでいます。


TONY
アートテラー
白髪一雄
昏杜

ブリヂストン美術館を初めて訪れたのは、10年ほど前のこと。
「こんなにも充実した美術コレクションが、東京駅のど真ん前にあるだなんて!」と驚いたのを、今でもハッキリと覚えています。
それから、何度通ったことでしょうか。あまりに通いすぎたため、感動が薄れてしまい、「また同じような展覧会だなぁ。。。」と、倦怠期に突入したこともありました。しかし、そんな倦怠期も数年前に乗り越えました。いつもの場所で、いつもの美術品が観られることの有難さ。ブリヂストン美術館には、安定感という魅力があるのだと気づかされたのです。
そんな矢先だっただけに、休館のニュースには大きなショックを受けました。
『笑っていいとも!』が最終回を迎えてしまう。今、あの時と同じ心境になっています。昨年は、『笑っていいとも!』が終わってから、しばらく「タモロス」になりました。間違いなく、今年は「ブリロス」になりそうです。
とは言え、ブリヂストン美術館は数年後に、また戻ってきてくれます。
これまでありがとうございました。そして、お疲れ様でした。再会できる日を、心待ちにしております。


NAKANO Kyoko
作家
エミール=アントワーヌ・ブールデル
弓をひくヘラクレス

田舎から上京して初めて見に行った美術館でした。故郷では考えられないほどの量と質に圧倒されたのを覚えています。
新宿の紀伊國屋書店とともに「東京ってすごい!」という私の原点。


SUZUKI Yoshio
編集者・美術ジャーナリスト
ポール・セザンヌ
サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール

1974年、東京国立博物館にモナリザがやってきた。当時、高校生の僕は見学者の長蛇の列に加っていたのだが、その出来事は自分にとってはモナリザそのものを見たことよりも、絵画というものがこんなに多くの人を魅了するということに興味と驚きを持てたことが大きい。そして「絵を見る人になろう」と決めた僕は当時盛んに行われていたデパートの美術展に足繁く通うようになった。東西線沿線に住んでいたので日本橋のデパートに行きやすく、それを続けているうちにブリヂストン美術館の存在を知り、訪れるようになった。こんないいコレクションがここにあっていつでも見られるなんて!
ところでモナリザ後日談。東京国立博物館で見ながら(待ちながら)、この絵をいつかルーヴル美術館で見てみたいと思ったその5年後、大学生の僕はパリにたどり着き、再会していた。それからさらに四半世紀経って、僕は雑誌編集者だった。モナリザの展示室改装お披露目内覧会の招待状をいただいたのでそこにいた。彼女だけが初めて会ったときと同じだった。


HOSHINO Tomoko
女優・エッセイスト
© ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2016   C1057 ジョルジュ・ルオー
郊外のキリスト

初めてブリヂストン美術館を訪れたのは、18歳で上京してすぐでした。こどものころ教科書で見ていた作品の数々に出会え、胸がドキドキしたのを憶えています。
印刷と本物はこんなにも違うのだ、と作品の色に驚き、画家のエネルギーに圧倒されました。
それ以来何度も訪れてきましたが、今もモネやルノアールやピカソを見るたびに、初めてのときの感動を思い出します。
自分が年を重ねると共に好きな作品は変わってくるもので、それがまた楽しみです。最近はルオーの「郊外のキリスト」に夢中。なぜ私はこの絵に惹かれるの?などと考えずに、ただぼーっと絵の前にたたずむのが幸せなのです。
大好きな数々の作品と数年間会えないのは残念ですが、新しいブリヂストン美術館に期待しています。できれば、今の温かみのある展示室の空間はそのままに。作品の前にロープもなく東京の真ん中にありながらゆったりと作品と対話できます。
名作と贅沢な時間を過ごせる日を心待ちにしています。


NAKAMURA Kunio
6次元店主・映像ディレクター
パウル・クレー

ブリヂストン美術館は、歩く美術史。
ぐるっと廻るだけで、歴史を学べる魔法の回廊。
〈過去〉〈現在〉〈未来〉を彷徨えるラビリンス。
美術のフルコース料理を気軽に満喫できる妄想レストラン。

ブリヂストン美術館は、都会の隙間にあるオアシス。
答えのない難問を解く時間。
そして、質問のない答えが、いつもそこにある。

ブリヂストン美術館は、精神のバロメーター。
どの絵画に惹かれたか。あるいは惹かれなかったか。
それで、今の自分の状態がわかる。
心の測量計という機能をもった美術館。
美術館は、自分の内面の拡張空間なのだ。

そんなブリヂストン美術館が、改装工事中。
改装中は、「回想美術館」となって、
みんなの心の中に移築されるに違いない。
どこにもない美術館だからこそ、
どこにでもある美術館になれるということもある。


YUKI Masako
アートディレクター・エッセイスト
ピエール=オーギュスト・ルノワール
すわるジョルジェット・シャルパンティエ嬢

私がつくってきた子どものための名画の絵本は毎回、サブタイトルが小さな物語を導いていきます。
「ルノワールの絵本」をつくる際、真っ先に心に浮かんだのがこの作品でした。ジョルジェットちゃんの愛くるしい姿から聞こえてきたのは「内緒なんだけれどね…このネックレスお母さんにもらったんだ」という声でした。
もちろん私の想像にすぎませんが、この声がもとになり「ルノワールの絵本 ないしょかな?」という本ができあがりました。
美術館の数ある名品の中で、この絵はそんな思い出深い特別な作品です。


タケ
「青い日記帳」主宰・美術ブロガー
ポール・セザンヌ
サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール

自分にとってブリヂストン美術館は「おおきな木」でした。
 大学一年の時から美術館へ足を運ぶようになり、日本人アートファンの典型的なパターン通り、まず印象派の作品にどっぷりとハマりました。1994年にブリヂストン美術館で開催された「モネ展」での感動は、今でもはっきりと脳裏に焼き付いています(もちろん、図録は宝物として本棚の一番上に入れてあります)。
その後、印象派を入口として絵画の嗜好も徐々に、ポスト印象派から20世紀絵画へ移り変わっていきます。95年から翌年にかけフランス、英国、アメリカで開催された「セザンヌ展」を観に行きなさいと背中を後押ししてくれたのが、ブリヂストン美術館のセザンヌの《サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール》でした。
日本人画家に興味を持った後も、ブリヂストン美術館のコレクションは移り気な自分の欲求に難なく応えてくれました。とりわけ2009年の「安井曾太郎の肖像画」展では、日本人洋画家の新たな見方を教えてもらった記念碑的な展覧会でした。
シェル・シルヴァスタイン作の『おおきな木』という絵本があります(1976年に、ほんだきんいちろう翻訳で出版されたロングセラーです。2010年には村上春樹が翻訳ヴァージョンも出ています。)大好きなちびっこのために、与え続けるりんごの木のお話です。原題『The Giving Tree』とあるように、子どもが青年、大人、老人と歳を重ね成長していくごとに様々な欲求に応えてくれる「大きな木」。
自分だけでなく、多くの美術ファンにとってブリヂストン美術館はこの63年間つねに「大きな木」であり続けました。少しだけ休憩し、また新たに我々の我儘に応えて下さい。これからも我々の「おおきな木」でいてくれることを切に願います。長い間ほんとうにありがとうございました。


HAYASHIYA Kikuhime
落語家
クロード・モネ
睡蓮

作品との距離が近くて、展示の仕方が海外の美術館と似ていて、とても居心地がいい場所です。
特別展の時、並んで入場した記憶があります。
ロダンの《考える人》にヒントを得て、小学生の頃選挙ポスターを描き「佳作」に入選した思い出もあります。ロダンさん、石橋さん、ありがとうございます。
リニューアルオープンを心待ちにしております。

心温まるメッセージ、どうもありがとうございました。